考察
01. 汕子はなぜ「ムルゲン」と呼ばれたかなぜ小野氏は、高里が汕子に与えた名前として「ムルゲン」を選んだのだろうか。 傲濫にあてられた「グリフィン」は、筆者自身親しみのあるモチーフであり、漠然としたイメージしかない種族名であるため、すんなり呑み込めた。だが、「ムルゲン」という耳慣れない固有名詞となると、そこに何らかの意味が込められているのではないかと探りたくなってしまう。 そこで、洗礼を受けて聖女になったセイレーンだというムルゲンについて調べてみた。なお、ネットを使った簡便な方法かつ短時間のリサーチに留まること、主要参考サイトが英語表記であるため誤訳が有り得ることをご承知おき願いたい。 中世アイルランドの歴史書『Annals of the Four Masters(四導師の年代記)』に、Li Ban(リバン)という人魚がSt. Muirgen(聖ムルゲン)になった話が記載されている。それによれば、リバンは6世紀にBangor(バンガー)という街の司教St. Comgall(聖コムガル)によって洗礼を受け、ムルゲン(「海から生まれた」の意)という洗礼名を与えられた。∗1 もともとリバンは人間で、北アイルランドの領主Eochaidh(エオヒド)の娘であった。ある日、エオヒドの領地が水没して湖となってしまい∗2、リバンと彼女の飼い犬だけがその災厄から逃げ延びた。しかし、リバンたちが逃げた先は水の底にある洞窟の空気だまりだった。リバンと犬が外界から隔絶された空間に閉じ込められて1年後、孤独な日々に耐えられなくなったリバンは「目の前で自由に泳いでいる鮭の仲間になって、洞窟から抜け出したい」と女神に願う。その結果、リバンの下半身は鮭となり、犬はカワウソとなり、川や海をさまよって長い時を過ごした。人魚となって300年が過ぎたある日、リバンは漁網にかかって教会に連れて行かれ、聖コムガルによって洗礼を受けた。そして、聖ムルゲンという聖人になったのである。 この伝説から、アイルランドでは1月27日は聖人になった人魚リバンの祭日とされている。∗3∗4 ムルゲン伝説には、人物やエピソードに様々な形が確認できる。リバンの父エオヒドについては、同名の別人物と混同したものもあるようで、アルスターの王とするもの∗3やマンスターの王とするもの∗5を始め、複数の話が確認できる。 リバンが漁網にかかった状況については、漁師が仕掛けた網にかかった話∗5や、湖を渡っていた僧侶に興味を持ったリバンが、彼と話すため自ら網に入って揚げてもらった話∗4などが確認できる。洗礼を受けるときも、すすんで洗礼を受けて自ら洗礼名「ムルゲン」を選んだという話∗4の他に、「洗礼を受けてただちに死ぬ」か「天国に至るまで〔さらに〕300年の時を生きる」かの二択を迫られて洗礼を選ぶ話∗6もある。他にも、人魚として過ごすなかで歌の技術を磨き、その美しい歌声で漁師や湖を渡る人たちを魅了する∗4など、セイレーン伝説に通じるエピソードも確認できる。 「ムルゲン」という名前に関しても、北アイルランドから他の地域に広まってウェールズ語やブルトン語のMorgen / Morgans(モーガン)へ変化した事が確認できる。そこでは、男を溺死させる水の精霊といったように、人に害をなす存在して伝えられている場合もある∗7。くわえて、名前が酷似しているためか、アーサー王伝説に登場するモルゲンやモーガン・ル・フェイと関連付けて解釈されることもあるらしい。∗7∗8 さて、ここで改めて、なぜ小野氏は汕子の呼び名として「ムルゲン」を選んだのか、という考察に戻ろう。 ムルゲンという洗礼名を与えられたリバンと、高里からムルゲンという名前を付けられた汕子に、通じるものを感じたのは筆者だけではないだろう。「からくも飛び込んだ先が隔絶した空間であった」「世界から隔絶した空間に長期間閉じ込められてしまう」「一緒に閉じ込められたのが犬∗9」「魔性を手に入れることで隔絶した空間から出れるようになる」「容姿に人間の部分と魚の部分がある」など、共通項は少なくない。 もちろん、高里は汕子の状況も容姿も知らず、ムルゲンとの類似性も知らないのだから、彼がムルゲンから名前をとった事は単なる偶然であると考えられる。汕子と傲濫がどのような状況にあったか明らかにされたのは『黄昏の岸 暁の天』であるため、『魔性の子』発売当時は、読者ですらこの類似性を知りようがない。 だが、こうしてムルゲン伝説について調べてみると、高里が汕子に「ムルゲン」と名付けた事実が、ひいては小野氏が「ムルゲン」を選んだ事が、意味深長なものに思えてくる。そしてこの、二者の類似性を全く知らないまま核心を突く高里の特異性こそ、『魔性の子』に漂うホラー性と『十二国記シリーズ』に広がるファンタジー性とを融合し、いっそう深める仕掛けであるように思えるのである。 また、高里とムルゲンとの間にも類似点があって興味深い。望まず故郷から離れた挙句、異質な存在となってしまった女の話を読んだとき、高里の胸にどのような思いが去来しただろうか。その女と同じ名前を、孤独な自分の傍にいてくれる不可思議な存在に与えたとき、彼はどのような思いを抱いていたのだろうか。 ムルゲン伝説を知ったうえで『魔性の子』を読み返すと、筆者はいっそうの感慨に打たれるのである。 ----------注釈----------
∗1 Lí Ban - Oxford Reference (2020/11/11) ∗2 この湖が現代でいうところのネイ湖である。なお、ネイ湖はアイルランド語で「Loch nEachach(エオヒドの湖)」という。 ∗3 Ireland's little-known Mermaid Saint (2020/11/11) ∗4 St. Muirgen the Mermaid (2020/11/11) ∗5 Li Ban, the Maiden - The Oracle of Water (2020/11/11) ∗6 Murgen | Mermaid Wiki | Fandom (2020/11/11) ∗7 Morgen (mythological creature) - Wikipedia (2020/11/12) ∗8 Lí Ban (mermaid) - Wikipedia > See also (2020/11/12) ∗9 汕子とともに閉じ込められた傲濫は饕餮であって犬とは別物だが、傲濫は泰麒が望めば小さな犬の姿をとり、望まなくても大きな赤い犬の姿をとる。 2020年11月16日 イタチ弟
考えてみれば、高里の母親が広瀬に言った「チェンジリング」もアイルランド伝承なんですよね。母親がアイルランド文化に造詣の深い人で、幼い頃の高里に伝説を話して聞かせていたなどムルゲンの物語に親子の思い出がある、なんて可能性まで想像しだしたら…………胸が痛いです。 |
02. 州冬官長「司空大夫」の位は上大夫であるか小説中には、様々な官吏が登場する。官吏には位の上下があり、指揮命令の可否や礼儀作法の要不要といった判断を裏付ける要素となる。位は、上から王、公、侯、伯、卿伯、卿、上大夫、中大夫、下大夫、上士、中士、下士の12種類がある∗1。 官吏には位の上下があるが、小説を読んでいると、同じ職名の官吏なのに国官と州官とで位が異なるという描写がいくつか確認できる。この場合、おおむね国官が上位にあって州官が下位にある。禁軍将軍と州師将軍も、同じ将軍職であるが、身分に差がある∗2。 どうやら国官から州官へ、一定の法則にもとづいてランクダウンがされているらしい。そこで、ひとつの仮説を立てて考察してみたい。 今回提示するのは、「司空大夫の位は上大夫である」という仮説である。 (1)司空大夫の位は大夫か 司空大夫の位が「上大夫」かを考察する前に、まずは、司空大夫の位が「大夫」かを検討する。 「司空大夫」は、『白銀の墟 玄の月』に登場する敦厚の職名である。司空大夫は州の冬官長、国でいえば大司空にあたり、州六官の末席である。∗3 州冬官の長である司空大夫という職名には「大夫」が含まれる。 職名に「大夫」を含む人物は、もうひとりいる。『風の海 迷宮の岸』において、蓬山で泰麒を捕らえようとした醐孫である。醐孫は「戴国馬侯が司寇大夫」∗4と名乗っていた。戴国には「馬州」∗4という州があることと、麦州侯を「麦侯」∗5と呼び、恵州侯を「恵侯」∗6と呼ぶ場面があることから、馬侯とは馬州侯のことであろう。また、司空大夫が州の冬官長であり国の大司空にあたるように、司寇大夫も州の秋官長であり国の大司寇にあたると推測できる。 「戴国馬侯が司寇大夫」とは「馬州侯に任じられた州秋官長の司寇大夫」という意味であろう。 職名ではなく呼び名に「大夫」を含む人物もいる。 ひとりめは、『風の海 迷宮の岸』において、女仙に「南瓜大夫」と呼ばれていた戴国垂州司馬の呂迫である∗7。彼の「南瓜大夫」という渾名は「どこかの大夫らしい」∗8という噂と、南瓜に似ている容姿から付けられたものである。州司馬とは州夏官長のことであろう∗9。州冬官長である司空大夫や州秋官長である司寇大夫とは、位が同じであると考えられる。 ふたりめは、『東の海神 西の滄海』において、朱衡に「大夫」と呼ばれていた雁国遂人の帷湍である∗10。遂人は地官の一であり、位は中大夫である∗11。 呂迫の「南瓜大夫」も、帷湍の「大夫」も、職位と呼び名を一致させていると推測できる。 これらのことから、司空大夫と呼ばれる州冬官長は大夫の位にあり、大夫には上中下の三位があるので∗1、司空大夫の位は上大夫、中大夫、下大夫のいずれかであると推測できる。 (2)州侯から州宰までの序列について 前段で、司空大夫の位は上大夫、中大夫、下大夫のいずれかであるという推測を導き出した。続いて、州侯から州宰までの位について考察しておきたい。 冒頭でも述べたとおり、位は、上から王、公、侯、伯、卿伯、卿、上大夫、中大夫、下大夫、上士、中士、下士の12種類がある。 国においては、王は第1位の王、王を補佐する宰輔は第2位の公∗12、六官をとりまとめる冢宰は第3位の侯∗13である。なお、六官長は第5位の卿伯、禁軍将軍は第6位の卿である∗14。 州においては、州侯は第3位の侯∗15、州侯を補佐する令尹は第5位の卿伯∗16である。州宰の位は不明だが、第6位の卿であると推測できる。 州侯を補佐する令尹は「宰相」と別称されており∗17、この別称は、王を補佐する宰輔と同じである∗18。さらに、州宰の役職について作中では詳細な説明が無いものの、州六官よりも格上に扱われていることが読み取れる∗19。これらのことから、州における州侯・令尹・州宰の序列は、国における王・宰輔・冢宰の序列に対応すると考えられる。 以上のことを表で示せば、下の表2-1のようになる。筆者が職位を推測した職名については括弧書きで表してある。なお、伯の位を得るのは王の近親者に限られ∗20、官吏が伯位に就くことはまずないので、割愛した。 表2-1 (3)州地官の序列について 州侯が侯、令尹が卿伯であることを確認し、州宰の位は卿であるという推測を導き出した。次に、地官の迹人と少府を軸にして、州地官の序列について考察する。 迹人は、野木に生じる新しい草木や鳥獣を集める官である。∗21 少府は、迹人の上官である。迹人を統括するのが果丞、果丞を統括するのが部丞、部丞を統括するのが少府である。少府の上官は小司徒であり、小司徒は州司徒を補佐する。州司徒は、州地官長のことであろう。なお、州における少府の位は下大夫であることが判っている。∗22 少府が第9位の下大夫なので、少府より下位の部丞は第10位の上士、果丞は第11位の中士、迹人は第12位の下士であると推測できる。 一方、少府より上位においても同様に、小司徒は第8位の中大夫、州司徒は第7位の上大夫であると推測できる。州司徒の上官である州宰については、すでに、第6位の卿であると推測できることを示した。 ここで、国における地官の序列についても、あわせて考察しておきたい。 少府の位は、州においては下大夫だが、国においては1段高い中大夫である∗22。ちなみに、『東の海神 西の滄海』に登場する帷湍は遂人で中大夫の位にあり、遂人の上には大司徒と小司徒しかいない∗23。大司徒は六官長のひとりであり、位は卿伯である。小司徒の位は不明だが、少府と大司徒のあいだには上大夫と卿しか残っていないので、小司徒の位は、上大夫と卿のどちらかだと判る。ここでは、いったん小司徒の位は卿であると仮定する。 州においては下大夫だった少府が、国においては中大夫であることから、その下の部丞、果丞、迹人も、国においては1段ずつ位が上がっていると推測できる。この推測に基づけば、先ほど下士であると導き出した州の迹人は、国においては中士であると推測できる。これは作中の、国における迹人が中士であるという記述∗24とも合致する。 以上のことを表で示せば、下の表2-2のようになる。表2-1と同様に、筆者が職位を推測した職名については括弧書きで表してある。 表2-2 (4)州夏官の序列について 州地官における州司徒から迹人までの序列について論じた。ここでさらに、宰輔を警護する体制についてとりあげながら、州夏官の序列についても考察する。 州夏官の長は州司馬であり、次官は小司馬である。宰輔の警護を統括するのは州太衛であり、太衛の下には、公的な場で警護を行なう射士と、私的な場で警護を行なう司士がいる。射士と司士は同格である。射士と司士のもとで実際に警護の任務にあたるのが、大僕である。∗25∗26 国においても、基本的な体制は同じらしい。夏官の長は大司馬で、次官は小司馬。王の身辺警護にあたるのが射人(州における射士)であり、大僕が実際に警護を行なう∗27。また、州と同じく、国においても太衛や司士という役職があることが判っている∗28。 ここで小説での描写を確認する。『丕緒の鳥』において、羅氏である丕緒は、司士とは直接やりとりできた一方で、「雲の上」∗28にいる太衛とは面会することができなかった。また『東の海神 西の滄海』において、延麒が「たかだか大夫」∗29と表現したように、大夫は上級官に比べて一段低く扱われている。 仮に太衛が上大夫だとすると、丕緒の「雲の上」にいるという表現と、延期の「たかだか大夫」という表現とのあいだに、ズレが生じるように思われる。こうした違和感は、小司馬にもあてはまる。小司馬の位が上大夫だと仮定すると、「たかだか大夫」が「雲の上」で行われる朝議に参加することになる∗30ので、どうもすわりが悪い。 これらのことから、太衛と小司馬は大夫よりも上位であると考えられる。かつ、卿伯である大司馬よりも下位であろうことから、太衛と小司馬は同格で、位は卿であると推測できる。 州夏官に話を戻す。 前段で推測した州地官の序列と同様に州司馬の位が上大夫であると想定すると、次官の小司馬は中大夫である。国における小司馬と太衛は同格と考えられるので、州太衛も州の小司馬と同じ中大夫、太衛の下官である射士と司士は下大夫、さらにその下官である大僕は上士と推測できる。州司馬の上官である州宰については、卿であるとの推測を繰り返し述べてきた。 地官少府の位は国においては中大夫、州においては下大夫と、1段ランクダウンしていた。夏官でも同様にランクダウンすると考えると、国における大僕の位は下大夫なので∗27、州における大僕の位は上士と推測できる。これは、先ほど推測した職位とも合致する。 以上のことを表で示せば、下の表2-3のようになる。これまでと同じく、筆者が職位を推測した職名については括弧書きで表してある。 表2-3 (5)司空大夫の位は上大夫か これまで考察してきた内容をふりかえる。 司空大夫の職名に「大夫」が含まれていることと、職位と呼び名を一致させる傾向があることから、州冬官長である司空大夫は、位が上大夫、中大夫、下大夫のいずれかであると推測した。 州侯が第3位の侯、令尹が第5位の卿伯であることから、州宰が第6位の卿であると推測し、州宰が取りまとめる州六官は第7位の上大夫であると推測した。 作中で位が判明している官職を起点にして州六官が上大夫であると推測できることを確認し、同様の手法で、国官と州官を比較しながら州地官と州夏官の序列を推測した。結果、これによって導いた地官の迹人と夏官の大僕の職位が、小説から得られる情報と矛盾しないことを確認した。 表で示せば、下の表2-4のようになる。 表2-4 今回の考察によって、筆者が述べた「司空大夫の位は上大夫である」という仮説の妥当性を示すことができたと考える。 なお、国官から州官へのランクダウンについては、卿以上の国官は州においては(伯位を勘定に入れないで)2ランクダウンし、大夫以下の国官は州においては1ランクダウンするという法則性も見出せそうである。ただし情報が少ないので、これ以上の考察は難しい。 ----------注釈----------
∗1 風の万里 黎明の空 (上) , p.117 ∗2 風の海 迷宮の岸 , p.218 ∗3 白銀の墟 玄の月 (三) , pp.249-250 ∗4 風の海 迷宮の岸 , p.109 ∗5 風の万里 黎明の空 (上) , p.70 ∗6 風の万里 黎明の空 (上) , p.22 ∗7 風の海 迷宮の岸 , pp.204-205 ∗8 風の海 迷宮の岸 , p.202 ∗9 東の海神 西の滄海 , p.247には、令尹である斡由が州師を動かすよう命じたのに対して、州司馬が異議を申し立てる場面がある。また、風の万里 黎明の空 (下) , p.308には、陽子が瑛州師を動かすよう命じたのに対して、州司馬と三将軍が仮病を使って州師を動かすのを拒否したことを示唆する場面がある。これらのことから、州司馬は州師を動かす権限を持っていることが判るため、州夏官の長であると推測した。 ∗10 東の海神 西の滄海 , p.33 ∗11 東の海神 西の滄海 , p.45 ∗12 東の海神 西の滄海 , p.30 ∗13 東の海神 西の滄海 , p.45 ∗14 東の海神 西の滄海 , p.205 ∗15 月の影 影の海 (上) , p.154 ∗16 東の海神 西の滄海 , p.107 ∗17 東の海神 西の滄海 , p.267 ∗18 月の影 影の海 (下) , p.201 ∗19 白銀の墟 玄の月 (二) , p.305には、泰麒が、州宰に任じた恵棟に、州六官の編成を命じる場面がある。また、東の海神 西の滄海 , p.171には、尚隆が、光州の州宰を侯である太傅に、州六官を卿伯である六官長に異動させる場面がある。 ∗20 風の万里 黎明の空 (上) , pp.117-118 ∗21 丕緒の鳥 , p.189 ∗22 丕緒の鳥 , pp.254-255 ∗23 東の海神 西の滄海 , p.217 ∗24 丕緒の鳥 , p.180 ∗25 白銀の墟 玄の月 (二) , pp.310-311 ∗26 白銀の墟 玄の月 (二) , pp.314-315 ∗27 黄昏の岸 暁の天 , p.31 ∗28 丕緒の鳥 , p.35 ∗29 東の海神 西の滄海 , p.216 ∗30 十二国記 アニメ脚本集 (3) , pp.263-264 2022年4月22日 イタチ兄
初めて『白銀の墟 玄の月』を読んだときから、ずっと気になっていたんです。 |
03.大行人の所属は秋官ではないかある日Wikipediaで小説『十二国記』について調べていたら、関連ページ「十二国」の、ある記述が目に止まった。 宮中の諸事を掌る天官の中に「大行人(だいこうじん)」があり、「来訪者の案内をする官。内殿までは入れない」∗1と説明されていたのである。 しかし、ほんとうに大行人は天官だろうか。原作小説の中では、大行人がどこに所属するか明記されていないが、天官だと考えられる描写があっただろうか。 今回はこのことについて検討し、大行人が六官のいずれに所属するか考察する。 (1)天官と大行人の職務について まず天官と大行人の、職務に関する描写について確認する。 天官は六官の一であり、宮中の諸事を掌る∗2。宮中の衣食住を整え、王の私生活の世話をする∗3。 大行人の職務は、他国からの賓客を出迎え、宮中へ案内することであると思われる∗4。ふつう他国からの賓客が立ち入ることができるのは掌客殿がある外殿までで、外殿の奥にある内殿には通常立ち入らない∗5ため、大行人の職域もこれに一致すると推測できる。『冬栄』では、大行人が掌客殿の奥にある内殿には立ち入っていたものの、さらに奥にある後宮へは決して立ち入らなかった∗6。 後宮は、王后や王の親族の住まいである∗7。大行人が天官だとすると、後宮に立ち入ることができないのは、いかにも不便である。なぜなら天官には、王だけでなく王后や王の親族の身辺を整える役割もある∗8からである。王族が生活する後宮に立ち入れなければ、天官としての職務が充分に果たせないのではないか。 これらのことから、天官と大行人の職務と職域には、微妙なズレがあるように感じられる。 ところで『黄昏の岸 暁の天』には、範の呉藍滌と氾麟が慶にやって来たとき、陽子が閽人に「大行人に命じて、お客様をお迎えするように」∗9と指示する場面がある。閽人は天官であり、門のそばに控えて、王宮を出入りする者を記録し取り次ぎを行なう官である∗10。つまり陽子は「天官閽人から大行人に命令して、客人の応対をさせなさい」と指示したのである。この場面を見ると、大行人は閽人の下官であり天官であるような印象を受ける。 一方で、天官閽人が禁門を守る兵卒を指揮する場面もある∗11。この兵卒は禁軍から閽人に貸与されたものであり、あくまで夏官の所属であるが、指揮命令権は天官閽人にあった∗11。よく似た事例として、羅氏と羅人の関係も挙げられる。祭礼に際して行なわれる射儀では陶鵲が使われる∗12が、この陶鵲は、夏官に所属する羅氏∗13が冬官に所属する羅人を指揮して作成する∗14。 つまり職務を遂行するのに必要があれば、天官閽人が禁軍兵卒を指揮するように、また、夏官羅氏が冬官羅人を指揮するように、官吏が別組織に所属する官吏や兵卒に指揮命令することはありえるのである。 たしかに天官閽人が大行人に命令する場面はあるものの、大行人が天官の所属であり閽人の下官であるとは、小説の描写からは断言できないのである。 くわえて『冬栄』では、漣の王宮にやって来た泰麒たちを後宮の手前まで案内した大行人が「中の門殿に取り次ぎの閽人がおりましょう」∗6と言って、自身はその場に残り、泰麒たちを後宮へ送り出す。このとき、泰麒たちが後宮に入ってみると、大行人の言葉に反して門殿には閽人も兵卒もおらず無人の状態だった∗15。つまり大行人は、門殿に閽人がいないことを承知していなかったのである。大行人が閽人と同じ天官ならば、充分に連携を取って引き継ぎができるはずではないだろうか。 (2)秋官の職務について 前段で、大行人の職務や権限、他官との関係性を取り上げて、大行人が天官の所属であると断言できないことを指摘した。 続いて、天官と同じ六官の一である、秋官の職務について確認する。 秋官は法令を掌る∗2。法を整備し、犯罪者を取り締まり、裁判にかけて刑罰を課す∗16。『落照の獄』では、秋官であると全て明記されているわけではないものの、法に携わる官職名が数多く確認できる。 ここで、小説中で「秋官に所属している」と明記されている、または秋官に所属していると推定できる官職を列挙する。併せて、古代中国の官位制度を書き出した『周礼』における、当該官職の記述も確認したい。『周礼』とは、官職や官位について天地春夏秋冬の所属別に記載している文献であり、小説に登場する官名の多くは『周礼』に記載されている官名と一致するからである。 小説に登場する官吏のうち、ここでは秋官と考えられる官職11種を挙げる。うち9種は『周礼』秋官篇に記載が確認できる∗17。それぞれの官職名と、小説中における「秋官に所属している」旨の描写、『周礼』における記述内容∗17を表3-1にまとめた。 表3-1
ここまで、秋官が法令を司ることのみ取り上げてきた。加えて、秋官が外交を司っていることも確認しておきたい。 小説中では『黄昏の岸 暁の天』に「秋官は同時に外交の官でもあった」∗16と言及されている。また、アニメ脚本集でも「秋官は外交官を兼任している」∗26と明記されている。アニメ中では、雁の秋官長である朱衡が、景王である陽子と楽俊の世話を任されている場面がある∗27他、才王御名御璽を提示して景王への面会を申し出た鈴に対し、慶の元秋官長(現三公)がわざわざ現役の秋官長であると偽って応接する場面がある∗28。 (3)掌客と大行人の職務について確認する 秋官の職務を確認し、作中で「秋官に所属している」と明記されている、または秋官と思われる官職について、『周礼』においても秋官所属と記載されていることを確認した。加えて、秋官が作中において外交の官として描写されていることも確認した。 外交といえば、『黄昏の岸 暁の天』において、範からの賓客である呉藍滌と氾麟を世話するために、陽子が掌客の官をつけている∗29。この掌客の所属についても、小説では明確な記述が無いが、同じ「掌客」という官名が『周礼』秋官篇に記載されている∗17。 掌客について、『周礼』では「掌四方賓客之牢禮餼獻飲食之等數與其政治〔四方の賓客の牢禮餼獻飲食の等數と其の政治を掌る〕」∗17∗30と説明されている。掌客は秋官に所属し、主な職務は「他国からの賓客を御馳走でもてなすこと」である。小説に登場する掌客と『周礼』に記載されている掌客とでは、職務が完全に一致するわけではないが、肝心の「客人を世話して、もてなす」という役割については合致している。 そして、大行人についても『周礼』秋官篇に記載されており、「掌大賓之禮及大客之儀、以親諸侯〔大賓の礼及び大客の儀を掌り、以って諸侯と親しむ〕」∗17∗30と説明されている。「賓客をもてなす儀礼について掌り、諸侯との親交をはかる」といった意味だろうか。 慶の掌客は範からの賓客を世話し、漣の大行人は戴からの賓客を案内していた。 このように掌客と大行人に注目すると、ふたつの官職が、他国の賓客を応接するという点で共通していると分かる。その職務は、外交を管轄する秋官に通じる。そして、掌客も大行人も『周礼』秋官篇に記載されている。 これらを総合して、『周礼』秋官篇に記載されている掌客および大行人は、『十二国記』の世界においても秋官に所属している可能性が高いと考えられるのである。それを表3-1に倣ってまとめたのが、表3-2である。 表3-2
掌客殿は他国からの賓客を招き入れるための、外殿にある施設である。外殿に配置されている理由は、よほど親しくない限り、王といえど他国の王宮の内殿までは足を踏み入れないからである。∗5 このことから、掌客殿と同じ官職名を持ち賓客を世話する掌客も、通常は外殿で職務をこなしている、と推測できないだろうか。だとすれば、賓客を応接するという点で掌客と共通する大行人も、通常は外殿で職務をこなしていると推測できる。こう考えれば、『冬栄』の、大行人が内殿に立ち入ろうとした時点で額に汗を浮かべ、滝のように汗を流しながら内殿の奥にある後宮への立ち入りを固辞していた描写∗6とも矛盾しない。 (4)大行人の所属は秋官であると推測できる これまで考察してきた内容をふりかえる。 小説に登場する大行人は、他国からの賓客を応接している描写がある。外交を掌るのは秋官である。 小説で「秋官に所属している」と明記されている、または秋官に所属していると推定できる官職の多くは、『周礼』秋官篇に記載され、秋官の所属とされている。 大行人も『周礼』秋官篇に記載され、秋官の所属とされている。 これらのことから、小説に登場する大行人は、天官ではなく秋官に所属すると、筆者は考えるのである。 ----------注釈----------
∗1 十二国記 > 十二国- Wikipedia (2022/7/2) ∗2 風の万里 黎明の空(上) , p.95 ∗3 風の万里 黎明の空(上) , p.166 ∗4 華胥の幽夢 , pp.36-37 ∗5 華胥の幽夢 , p.38 ∗6 華胥の幽夢 , p.40 ∗7 華胥の幽夢 , p.39 ∗8 華胥の幽夢 , p.210 ∗9 黄昏の岸 暁の天 , p.311 ∗10 黄昏の岸 暁の天 , p.26 ∗11 黄昏の岸 暁の天 , p.27 ∗12 丕緒の鳥, pp.15-16 ∗13 丕緒の鳥, p.15 ∗14 丕緒の鳥, p.19 ∗15 華胥の幽夢 , pp.40-41 ∗16 黄昏の岸 暁の天 , p.126 ∗17 先秦兩漢 -> 經典文獻 -> 周禮 -> 秋官司寇- 中國哲學書電子化計劃 (2022/4/13) ∗18 東の海神 西の滄海 , p.336に「その新朝廷で朱衡は大司寇に抜擢された。六官のうち、秋官の長である」との記述がある。 ∗19 華胥の幽夢 , p.230に「大司寇が更迭されたあと、未だ位の埋まらぬ長に代わって秋官を指揮する小司寇」との記述がある。厳密には明記でないが、原作中では、太宰に対する小宰(華胥 , p.206)、大宗伯に対する小宗伯(白玄(2) , p.12)が長官に対する次官の名称であるとの記載があるため、まず間違いなく小司寇は秋官長に次ぐ官だと解釈できる。 ∗20 東の海神 西の滄海 , p.43に「秋官朝士」との記述がある。 ∗21 丕緒の鳥 , p.81に「秋官司法」及び「裁くのは司法、その下に置かれた司刑、典刑、司刺が合議をもって論断し」との記述がある。「下に置かれた」だけでは厳密には明記ではないが、次の注22で司刑が秋官であると確認できるため、司刑と並べられている典刑・司刺もまず間違いなく秋官だと解釈できる。 ∗22 丕緒の鳥 , p.90に「秋官司刑」との記述がある。 ∗23 丕緒の鳥 , p.153に「掌戮は司隷の指揮のもと、実際に刑徒に刑罰を科すことを掌る」との記述がある。 ∗24 丕緒の鳥 , p.159に「罪人を監督する掌囚」との記述がある。 ∗25 丕緒の鳥 , p.76に「犯罪者を取り締まる士師」との記述がある。 ∗26 十二国記 アニメ脚本集(2) , pp.110-111 ∗27 アニメ『十二国記』第10話 ∗28 アニメ『十二国記』第33話 ∗29 黄昏の岸 暁の天 , p.338 ∗30 〔〕内は筆者による書き下し。 2023年4月1日 イタチ兄
今回の考察では、秋官に所属する官吏について整理しながら、大行人が天官ではなく秋官の所属である可能性を検討しました。その過程で、秋官以外の官吏の中にも、まるで秋官のように法令のことを司る官吏がいることが判りました。しかし情報が少なく『周礼』での裏付けも不十分なため、このあたりの考察は別の機会に譲ることにします。 |